HISTORY

天研工業のあゆみ

BACKGROUND

「刃物のまち 関」にて創業

「関の刃物800年の歴史」は、鎌倉時代から室町時代初期にかけてこの地に根付いた刀鍛冶に始まります。
最も美しく、洗練された日本刀と謳われた「関刀」。
刃物としての機能はもちろんのこと、それを携える者の魂をも映し出すとして、忠義、礼節、清廉をあらわし、霊威ある“神器”として奉納されてきました。「折れず曲がらずよく切れる」を追求、鍛錬した関の刃物製造の技法とものづくりの精神は、脈々と受け継がれ、今日の刃物産業の発展を築き、「世界三大刃物産地」のひとつとして海外にも広く知られるまでになりました。

BEGIN

父子三代相伝の技術を
よりグローバルに進化
産地を支える底力に!

(有)天研工業は、1932年に関市田原地区にて創業。美濃三不動のひとつ「迫間不動(823年開基)」のある地として知られ、白水龍王を祀る大岩不動明王の氏子として代々祭祀にも携わってきました。
初代・天池右近は、古より伝わる鍛冶の技法を鍛錬し、迫間不動に精魂込めた剣の奉納もしています。(盗難に遭い台座のみ現存)

昭和、平成から令和へ。

目まぐるしく移り変わる時代の荒波を乗り越え、父子一族相伝で築いてきた精密刃物の製造技術とものづくり精神は、いままさに新たな息吹をもって、未来への「もの語り」の幕を開けつつあります。

創業〜初代
あまいけ うこん

天池右近

D.I.Y精神は、
ひとつのトンカチからはじまった。

天研工業の創始者 天池右近が、刃物製造を学んだ経緯は不明ですが、創業当初の昭和初期、関では不況期から包丁やポケットナイフなどの家庭刃物類の製造は分業化が進み、家庭内工業化が進んだ時代でもありました。また日本刀においても、関では従来の鉄鍛造から、新たに錆びないステンレス鋼が誕生しています。

初代は、戦後間もなく実用的な「登山刃」を主に手がけ、天研工業の基盤を築きました。そのものづくりの原点となったのは、1本のトンカチ。物のない時代、自分が使いやすいように、鍛冶の技術を用いて、刃物を製造するための職人の道具を一から自作したのです。

見るからに無骨で、柄はヤスリになっているなど、既製品にはない造りのトンカチなのですが、釘抜きにも叩くのにも驚くほど使い勝手が良いんです。ある時、父から、これは祖父が鋳物の塊から叩いてつくった忘れ形見だと聞かされ、これが弊社のルーツか!と得心。 そのD.I.Y精神は今に受け継がれ、金型や研磨機械、作業台に至るまで、どんな道具も使いやすいよう自分たちの手でつくり、加工しています

三代 天池俊男
変革期〜二代
としかつ          ふさお

天池紀勝・房男

量産時代の苦渋を乗り越え、
生産体制を確立

初代が若くして逝去したこともあり、7人兄弟のうち成人して間もない紀勝・房男兄弟が稼ぎ頭として家業を継承。小学生の頃から工場に入り手伝ってきたことで、父親の仕事を見ながら身につけた技術があったため、ふたりとも叩き上げで即戦力となり仕事を受注することができたといいます。

ところが時はまさに高度成長期の量産の時代。 職人がいくら寝食も忘れ手をかけても、当時主軸だった部分研磨の工賃では、採算が合わない。 「製品をつくらねば」と一念発起し、ものづくりへ事業をシフトチェンジ。当時ブームとなりつつあったマニキュア(ネイルケア)セットの製造を皮切りに、化粧バサミ、ピンセットなど、現在の主力商品の開発がこの頃からスタートしました。

当時は工程図(マニュアル)もなく、完成品を見て試行錯誤を繰り返したといいます。それを経験に職人の“勘考”と“技巧”によって製作工程を編み出し、新たなものづくりに挑戦していきました。

量産化の波に乗り切れない悔しさが、父と叔父を奮起させ、“時代に社会に求められるものづくり”へと切り込んでいくことができたのだと思います。この転機こそが、現在の天研工業の礎となっています。

三代 天池俊男
現代〜三代
としお

天池俊男

専門職も認める、
価値ある“天研オリジナル”の創出

昭和から平成へ、バブル崩壊後の長期経済停滞期に、社会へと飛び出した三代 俊男。 一旦はアパレル会社に就職するも、“好きな分野で稼ぐ難しさ”を痛感し、その時初めて「稼業は家業」ということに気づかされます。 最初は機械の扱いも何もわからないところからのスタート。叩き上げの職人である父と叔父から日々基本要所を教わり、「失敗してもいいからやってみろ」と機会を与えられることで、自分がつくったものが世に出ていく喜びとものづくりの醍醐味を感じるようになっていきました。

先代から伝え継がれてきた技術と道具、製品をさらに独自にブラッシュアップし、現在はさまざまな専門分野のより高度な技術を支える精密なツールなど、質・価値の高い自社オリジナル製品の開発、ブランド化にも果敢に取り組んでいます。

高度・精密な性能は、先代までに磨き抜かれてきた技術の結晶です。その上で、使う心地よさ以上に、楽しさやワクワク感まで提供していけたら。ものづくりを通じて使い手の実感を喚起することが、関の地場産業の魅力づくりや発展、次世代への継承につながっていくよう、常にアップデートとチャレンジをし続けます。

三代 天池俊男